はじめに:高圧ケーブル劣化診断の重要性
工場、プラント、ビル、そしてインフラ設備において、高圧ケーブルは電力供給の要です。しかし、これらのケーブルは設置から時間が経つにつれて劣化が進み、放置すると重大な事故につながる可能性があります。
特に、高度経済成長期に敷設されたケーブルは老朽化が顕著であり、危険物施設での火災事故の増加の一因ともなっています。ケーブルの劣化は、絶縁性能の低下を引き起こし、最悪の場合、漏電や短絡による火災、停電といった事態を招きます。
そのため、ケーブルの劣化状態を正確に把握し、適切な時期に交換や補修を行うことが、設備の安定稼働と安全確保のために不可欠です。
この記事では、高圧ケーブルの劣化診断方法の一つである「直流電圧重畳法」について、その原理、メリット、注意点、そして関連技術について詳しく解説します。
CVケーブルの構造と劣化要因
直流電圧重畳法の解説に入る前に、診断対象となるCVケーブルの構造と、主な劣化要因について理解を深めましょう。
CVケーブルの基本構造
CVケーブルは、電気を安全かつ効率的に送るために、複数の層から構成されています。
- 導体: 電流を流す中心部分で、通常は銅またはアルミニウムが使われます。
- 内部半導電層: 導体と絶縁体の間にあり、電界の集中を緩和し、絶縁破壊を防ぐ役割を担います。
- 絶縁体: 導体を覆い、電気を外部に漏らさないようにする重要な部分です。架橋ポリエチレン(XLPE)が一般的に使用されます。
- 外部半導電層: 絶縁体の外側にあり、絶縁体と遮へい層の間で電界を均一にする役割を果たします。
- 遮へい層(遮へい銅テープ): ケーブル内部からの電磁波の漏洩を防ぎ、外部からの電磁波ノイズの影響を低減します。
- シース(防食層): ケーブル全体を保護する外装部分で、機械的な損傷や、水、化学物質などによる腐食からケーブルを守ります。
ケーブルの種類:E-TタイプとE-Eタイプ
CVケーブルには、主にE-TタイプとE-Eタイプの2種類があります。主な違いは、外部半導電層の構造です。
- E-Tタイプ: 外部半導電層がテープ巻きで構成されています。
- E-Eタイプ: 外部半導電層が押出樹脂で構成されており、E-Tタイプよりも耐水性に優れています。
近年では、耐水トリー性に優れるE-Eタイプや、さらに水トリー対策を強化した遮水ケーブルが主流となっています。また、単心ケーブルを3本撚り合わせたトリプレックス形が、従来の3心一括形に代わって広く用いられています。
ケーブル劣化の主な原因:水トリー
ケーブルの劣化原因は様々ですが、特に注意が必要なのが「水トリー」です。
水トリーとは、絶縁体内部に水が浸入し、電界の影響を受けて樹枝状に成長する劣化現象です。絶縁体の内部に存在する微小な空隙(ボイド)や異物、あるいは半導電層との界面の凹凸などが起点となり、水が浸入。交流電圧が印加されることで、この水が徐々に絶縁体を侵食し、最終的には絶縁破壊(電気的なショート)を引き起こします。
水トリーは、以下のようなプロセスで進行すると考えられています。
- 電荷の注入: 交流電圧の負の半サイクルで、水トリー部分から絶縁体へ電子が注入されます。
- 電荷の移動と蓄積: 正の半サイクルで、注入された電子の一部は水トリー部分に戻りますが、一部は絶縁体内に残存します。この繰り返しにより、水トリー先端に負電荷が蓄積されます。
- 直流電流の発生: 蓄積された負電荷は、自身の電界によって対向電極(遮へい層)に向かって移動します。この電荷の移動が直流電流として観測されます。
- 絶縁破壊: 直流電流が増加し続けると、最終的に絶縁体が耐えられなくなり、絶縁破壊に至ります。
直流電圧重畳法:原理と測定方法
水トリーによる劣化を早期に発見するために有効な診断方法が、「直流電圧重畳法」です。
直流電圧重畳法の原理
直流電圧重畳法は、高圧ケーブルに直流電圧を印加し、その際に流れる微小な直流電流を測定することで、ケーブルの絶縁状態を診断する方法です。
水トリーが発生しているケーブルでは、上記のメカニズムにより、直流電流が流れやすくなっています。直流電圧重畳法は、この特性を利用して、水トリーの有無や進行度合いを判定します。健全なケーブルであれば、直流電圧を印加してもほとんど電流は流れませんが、水トリーが発生していると、直流電流が検出されるようになります。
測定原理としては、高圧配電線の1相から直流電圧を印加し、商用電圧に重畳させます。絶縁体中に流れる漏れ電流のうち、交流成分をフィルタで除去し、直流成分のみを検出します。
ケーブルが劣化すると絶縁抵抗が低下し、遮へい層に流れる直流電流が増大することを利用して、劣化を診断します。また、直流電圧重畳法による絶縁抵抗測定では、GPT(EVT)の中性点から50[V]の直流電圧を高圧母線に印加し、ケーブル絶縁体を通して流れる漏れ電流を検出して絶縁抵抗を測定します。
直流電圧重畳法の測定方法
具体的な測定方法は、以下の通りです。
- 直流電圧の印加: 高圧ケーブルの1相に、インピーダンスを介して直流電圧を印加します。この直流電圧は、通常の商用交流電圧に重畳されます。
- 直流電流の検出: ケーブルの接地回路に流れる電流から、交流成分をフィルターで除去し、直流成分のみを検出します。
- 絶縁抵抗の算出(ブリッジ法): GPT(EVT)の中性点から直流電圧を印加し、ケーブル絶縁体を通して流れる漏れ電流を検出して絶縁抵抗を測定する場合、測定回路はホイートストンブリッジを形成します。このブリッジ回路の平衡条件から、ケーブルの絶縁抵抗を算出します。
直流電圧重畳法における注意点
直流電圧重畳法は有用な診断方法ですが、実施にあたってはいくつかの注意点があります。
零相電圧の発生とその対策
EVT(GPT)の磁気飽和により、零相電圧が発生し、変電所のリレーが誤動作する可能性があります。このため、事前に零相電圧の発生を予測し、適切な対策(例えば、零相電圧を抑制する装置の導入など)を講じる必要があります。
迷走電流の影響とその対策
外部からのノイズや、ケーブルシースの腐食などによって発生する迷走電流が、測定結果に影響を与えることがあります。直流電圧の極性を反転させて測定することで、迷走電流の影響を相殺し、より正確な診断を行うことができます。
EVT(GPT)の必要性
直流電圧重畳法は、EVT(GPT)がある系統を前提としています。EVT(GPT)の中性点から測定用の直流電流を重畳するため、EVT(GPT)がない系統ではこの方法を適用できません。
負荷側EVT(GPT)の影響と対策
直流電圧重畳法は、上位側のEVT(GPT)の中性点から直流電圧を重畳する原理ですが、負荷側にもEVT(GPT)などの接地機器が存在すると、ケーブルに適切な電圧が印加されず、正確な測定ができません。 したがって、以下のいずれかの対策が必要です。
- 負荷側にはEVT(GPT)を採用しない。
- 負荷側にEVT(GPT)がある場合は、中性点接地部にコンデンサを追加する等の対策を行い、直流電流が漏洩するのを防ぐ。
その他の考慮事項
- シース局部電圧のキャンセル: ケーブルシースに発生する局部電圧は、直流電源を調整してキャンセルします。
- シース絶縁抵抗の影響: シース絶縁抵抗の影響は、検出用抵抗を適切に選ぶことで小さく抑えることが可能です。
- 他の系の絶縁抵抗の影響: 同様に、他の系の絶縁抵抗の影響も、適切な回路設計により最小限に抑えることができます。
直流電圧重畳法を利用した装置例
直流電圧重畳法は、様々なメーカーから提供されている診断装置で利用されています。
住友電工 AOLCM (Automatic On-Line Cable Monitor)
AOLCMは、高圧ケーブルの絶縁状態を自動で監視し、絶縁抵抗を測定する装置です。主な特徴は以下の通りです。
- 自動監視: ケーブルの絶縁抵抗を自動で測定し、常時監視します。
- データ表示: 測定データは中央監視装置に表示され、傾向管理が可能です。
- 遠隔監視: 中央監視装置とネットワーク接続することで、遠隔からの監視も可能です。
- 事故予防: 工場やビルなどの絶縁監視に活用され、事故の未然防止に貢献します。
フジクラ・ダイヤケーブル LINDA-1000P
LINDA-1000Pは、高圧CVケーブルの絶縁体およびシース(防食層)の絶縁抵抗を、活線状態(ケーブルに電気が流れている状態)で測定できる手動可搬型装置です。
- 活線測定: ケーブルを停電させることなく、絶縁抵抗を測定できます。
- 高精度測定: ブリッジ法により、高絶縁抵抗を精度良く測定できます。
- 早期劣化検知: 初期状態からのトレンド監視により、劣化の兆候を早期に発見できます。
その他の活線診断法
直流電圧重畳法以外にも、高圧ケーブルの活線診断法はいくつか存在します。
直流成分法
運転中のケーブルの接地線に流れる充電電流に含まれる直流成分を測定し、水トリー劣化を検出する方法です。水トリーの整流作用によって生じる直流成分を捉える点で、直流電圧重畳法と共通の原理に基づいています。
低周波重畳法
運転中の配電線に低周波電圧を重畳し、ケーブルの接地線に流れる低周波電流の有効成分を測定する方法です。この有効成分を絶縁抵抗に換算することで、ケーブルの劣化度合いを判定します。
活線tanδ法
活線状態のまま、ケーブルに印加されている電圧と充電電流(接地線電流)を検出し、誘電正接(tanδ)を測定する方法です。tanδは、絶縁体の劣化状態を示す指標の一つであり、値が大きいほど劣化が進行していることを示します。
まとめ:高圧ケーブルの安全・安定運用に向けて
直流電圧重畳法は、高圧ケーブルの絶縁劣化、特に水トリーによる劣化を早期に発見するための有効な診断方法です。しかし、測定に際しては、零相電圧の発生や迷走電流の影響など、いくつかの注意点があります。
高圧ケーブルの耐用年数は、設置環境によって異なりますが、一般的に屋内敷設で20~30年、水の影響を受ける環境では10~20年とされています。しかし、これはあくまで目安であり、実際には環境要因によって劣化が早まることもあります。
したがって、定期的な診断と、診断結果に基づいた計画的なケーブルの更新・保守が、設備の安全・安定運用には不可欠です。また、ケーブルシースの損傷は水トリーの発生を助長するため、シースの状態を把握し、不具合箇所を早期に発見・補修することも重要です。
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