私たちの身の回りにある様々な機械、例えば自動車、電車、家電製品、産業機械など、その多くは「回転する」という動作を基本としています。そして、その回転運動をスムーズに、そして効率的に支えているのが「軸受(ベアリング)」と呼ばれる部品です。軸受は、機械の性能と寿命を左右する、まさに「縁の下の力持ち」と言えるでしょう。
しかし、軸受は精密な部品であり、適切な潤滑が不可欠です。その潤滑に用いられるのが「グリース」です。グリースは、軸受内部の摩擦を減らし、摩耗や焼き付きを防ぎ、機械を長持ちさせるための重要な役割を担っています。
この記事では、電動機の軸受とグリースについて、基礎知識から、種類、選び方、メンテナンス方法について深く掘り下げて解説します。専門的な知識がない初心者の方にも分かりやすく、実践的な情報を提供することを目指しています。
1. 軸受(ベアリング)の基礎知識
軸受(ベアリング)とは?
軸受(ベアリング)は、機械の回転運動を支えるために不可欠な部品です。回転する軸を支持し、摩擦を最小限に抑え、滑らかな回転を実現する役割を担っています。軸受がなければ、機械は効率的に動力を伝達できず、すぐに摩耗や故障を起こしてしまうでしょう。軸受は、軸の正確な位置を保ち、回転時の振動や騒音を低減する役割も果たします。
軸受の種類
軸受は、主に荷重の方向と転動体の種類によって分類されます。これらの分類を理解することで、用途に適した軸受を選定することができます。
荷重の方向による分類
- ラジアル軸受: ラジアル軸受は、軸に対して垂直方向にかかる荷重(ラジアル荷重)を主に支えます。例えば、電動機のローター(回転子)の重量や、回転によって生じる遠心力などがラジアル荷重に該当します。ラジアル軸受は、電動機、ポンプ、ファンなど、多くの回転機械で一般的に使用されています。
- スラスト軸受: スラスト軸受は、軸に対して平行方向にかかる荷重(アキシアル荷重、スラスト荷重)を主に支えます。例えば、縦型のポンプや攪拌機など、軸方向に大きな力がかかる機械で使用されます。スラスト軸受は、ラジアル軸受と組み合わせて使用されることもあります。
転動体の種類による分類
- 玉軸受(ボールベアリング): 玉軸受は、鋼球(ボール)を転動体として使用します。ボールと軌道輪の接触が点接触であるため、摩擦が小さく、高速回転に適しています。比較的小さな荷重を受ける用途に用いられ、精密機器や小型の電動機などに広く採用されています。深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、自動調心玉軸受など、さまざまな種類があります。
- ころ軸受(ローラーベアリング): ころ軸受は、ころ(ローラ)を転動体として使用します。ころと軌道輪の接触が線接触であるため、玉軸受よりも大きな荷重を支えることができます。電動機においては、大型の産業用モーターなど、高負荷がかかる用途で使用されます。円筒ころ軸受、針状ころ軸受、円すいころ軸受、球面ころ軸受など、様々な種類があります。
軸受の構造
軸受は主に以下の要素で構成されています。これらの要素が適切に機能することで、軸受は本来の性能を発揮します。
- 軌道輪(内輪と外輪): 軌道輪は、転動体が転がるための溝(軌道面)を持つリング状の部品です。内輪は軸に、外輪はハウジング(軸受箱)に取り付けられます。軌道輪の材質には、高炭素クロム軸受鋼などが使用され、高い硬度と耐摩耗性が求められます。
- 転動体(玉またはころ): 転動体は、内輪と外輪の間で転がり、荷重を伝達する役割を担います。玉軸受では鋼球、ころ軸受では円筒ころ、針状ころ、円すいころ、球面ころなどが使用されます。転動体の材質や形状は、軸受の性能に大きく影響します。
- 保持器: 保持器は、転動体を等間隔に保持し、転動体同士の接触を防ぐための部品です。保持器があることで、摩擦や発熱を低減し、軸受の円滑な回転を助けます。保持器の材質には、鋼板、合成樹脂、黄銅などが使用されます。
- 潤滑剤(グリースまたは潤滑油): 潤滑剤は、軸受内部の摩擦を低減し、摩耗や焼き付きを防ぐために不可欠です。グリースまたは潤滑油が使用され、軸受の種類や使用条件に応じて適切なものが選定されます。潤滑剤は、軸受の寿命を延ばし、性能を維持するために重要な役割を果たします。
- (必要に応じて)シール、シールド: シールやシールドは、軸受内部への異物の侵入や、潤滑剤の漏れを防ぐために取り付けられます。軸受の使用環境に応じて、適切なシールやシールドを選択することが重要です。
2. グリースの基礎知識
グリースとは?
グリースは、軸受の潤滑に広く用いられる半固体状の潤滑剤です。基油、増ちょう剤、添加剤を混ぜ合わせて作られ、潤滑油と同様に、摩擦を低減し、摩耗や焼き付きを防ぐ役割を果たします。グリースは、潤滑油に比べて、漏れにくく、長期間潤滑性能を維持できるという特徴があります。また、外部からの異物の侵入を防ぐ効果もあります。
グリースの構成成分
グリースは、主に以下の3つの成分で構成されています。それぞれの成分が、グリースの特性を決定づける重要な役割を担っています。
- 基油: 基油は、グリースの潤滑性能の主体となる成分です。主に鉱物油や合成油(エステル油、シリコーン油、PAO油など)が使用されます。基油の種類によって、グリースの耐熱性、低温特性、酸化安定性などが異なります。使用環境や要求される性能に応じて、適切な基油を選択する必要があります。
- 増ちょう剤: 増ちょう剤は、基油に混ぜることでグリースを半固体状にする役割を持つ成分です。石けん系(リチウム石けん、カルシウム石けんなど)と非石けん系(ウレア系など)に大別されます。増ちょう剤の種類によって、グリースの耐熱性、耐水性、機械的安定性などが異なります。
- 添加剤: 添加剤は、グリースの性能をさらに向上させるために添加される成分です。酸化防止剤(酸化劣化を抑制)、極圧剤(高荷重下での潤滑性能を向上)、防錆剤(錆の発生を抑制)、油性向上剤(摩擦低減効果を高める)など、様々な種類があります。
グリースの種類と用途
グリースは、増ちょう剤や基油の種類、添加剤の組み合わせによって、さまざまな種類があります。代表的なグリースとその特徴、用途を以下に示します。(以下、住友潤滑剤株式会社HP「【用語解説】グリースの組成、増ちょう剤/グリースについて」より引用)
種別 | 増ちょう剤名 | 耐熱限界 (滴点) | 耐熱性 | 耐水性 | せん断安定性 |
金属石けん基
|
カルシウム石けん | 約90℃ | △ | △ | △ |
リチウム石けん | 約200℃ | ○ | ○ | ○ | |
リチウムコンプレックス石けん | 約300℃ | ◎ | ○ | ○ | |
カルシウムコンプレックス石けん | 約250℃ | ◎ | ○ | ○ | |
アルミニウムコンプレックス石けん | 約260℃ | ◎ | ○ | ○ | |
非石けん基
|
ウレア | 200~300℃ | ◎ | ○ | ○ |
PTFE | なし | ◎ | ◎ | ○ | |
ベントン | なし | ◎ | △ | ○ | |
特殊無機物 | なし | ◎ | △ | △ |
- リチウム石けん系グリース: 最も一般的なグリースで、汎用性が高く、幅広い用途に使用されます。耐熱性、耐水性、機械的安定性のバランスが良いのが特徴です。電動機の軸受にも広く使用されています。
- リチウム複合石けん系グリース: リチウム石けん系グリースよりも耐熱性が高く、高温環境下での使用に適しています。高温になる電動機の軸受や、自動車のハブベアリングなどに使用されます。
- ウレア系グリース: 耐熱性、耐水性、せん断安定性に優れており、長寿命が求められる用途に適しています。高温、高荷重、高速回転など、過酷な条件下で使用される電動機の軸受にも使用されます。
- 特殊な基油や添加物を使用したグリース: 特定の条件下で優れた性能を発揮するように設計されています。
- エステル油やシリコーン油を基油としたリチウム石けん系グリース: 低温環境下での始動性や潤滑性が求められる用途に適しています。寒冷地で使用される機械や、冷凍庫内の軸受などに使用されます。
- 二硫化モリブデンを配合したリチウム石けん系グリース: 高荷重や衝撃荷重がかかる環境下での潤滑性能を向上させています。建設機械や鉱山機械の軸受などに使用されます。
- シリコーン油系グリース: 非常に高い耐熱性と耐薬品性を持っています。高温環境や化学物質にさらされる環境下での使用に適しています。
グリースの選定
適切なグリースを選定するためには、以下の要素を総合的に考慮する必要があります。
- ちょう度: グリースの硬さを表す指標で、NLGIちょう度番号で示されます。番号が大きいほど硬いグリースです。軸受の種類や使用条件に応じて、適切なちょう度のグリースを選択する必要があります。一般的に、小型高速回転の軸受には柔らかいグリース(0号~1号)、大型低速回転の軸受には硬いグリース(2号~3号)が使用されます。
- 滴点: グリースが加熱されて液状化し、滴下し始める温度です。使用温度よりも十分に高い滴点を持つグリースを選ぶ必要があります。
- 耐水性: 水にさらされる環境で使用する場合は、耐水性の高いグリースを選ぶ必要があります。
- 機械的安定性: グリースがせん断力を受けても、ちょう度が変化しにくい性質を指します。機械的安定性が高いグリースは、長期間安定した潤滑性能を維持できます。
- 基油、増ちょう剤、添加剤の種類: 使用環境や要求される性能に応じて、適切な種類の基油、増ちょう剤、添加剤が使用されているグリースを選定します。
- 使用環境(温度、荷重、速度、雰囲気など): 軸受が使用される環境(温度、荷重、回転速度、雰囲気など)を考慮し、最適なグリースを選定することが重要です。
3. グリース潤滑のメリット・デメリット
グリース潤滑は、軸受の潤滑方法として広く採用されていますが、メリットとデメリットの両方があります。これらを理解することで、グリース潤滑が適切かどうかを判断できます。
メリット
- 機械構造の簡略化: グリース潤滑は、潤滑油を使用する場合に比べて、給油装置やオイルシールなどの構造を簡略化できます。これにより、機械全体のコストダウンやメンテナンスの容易化につながります。
- 漏れが少ない: グリースは半固体状であるため、潤滑油に比べて漏れにくいという特徴があります。これにより、機械周辺の汚れを防ぎ、クリーンな環境を維持できます。
- 防塵性: グリースは、軸受内部への異物の侵入を防ぐ効果があります。これにより、軸受の摩耗や損傷を抑制し、寿命を延ばすことができます。
- 給油間隔が長い: 軸受の種類や使用条件にもよりますが、グリースは一度充填すれば、比較的長期間潤滑性能を維持できます。これにより、メンテナンスの頻度を減らすことができます。(ただし、定期的な点検と、必要に応じたグリースの補給・交換は必要です。)
デメリット
- 細部への浸透性が低い: グリースは、潤滑油に比べて粘度が高いため、狭い隙間への浸透性が低い場合があります。そのため、軸受の細部まで十分に潤滑できない可能性があります。
- 異物の除去が難しい: グリースは、内部に異物が混入すると、除去が困難です。異物が混入したまま使用すると、軸受の摩耗や損傷を促進する可能性があります。
- 冷却効果が低い: グリースは、潤滑油に比べて冷却効果が低いため、高速回転や高負荷の条件下では、軸受の温度が上昇しやすくなります。
4. グリースの充填方法と補給間隔
グリース潤滑の方法
グリース潤滑には、主に以下の3つの方法があります。
- 密封方式: シールやシールド付きの軸受に、あらかじめグリースを封入する方法です。外部からの異物の侵入やグリースの漏れを防ぐことができ、メンテナンスフリーで使用できる場合が多いです。ただし、グリースが劣化したり、軸受が破損したりした場合は、軸受ごと交換する必要があります。
- 充填給脂法: 軸受ハウジング内にグリースを充填し、定期的にグリースを補給または交換する方法です。
- 手差し給油: グリースガンなどを用いて、手動でグリースを給油する方法です。
- 自動給油: 自動給油器を用いて、設定された間隔で自動的にグリースを給油する方法です。給油忘れを防ぎ、安定した潤滑を維持できます。
- 集中給脂法: 複数の給脂箇所に配管を設け、ポンプでグリースを圧送して供給する方法です。大型機械や多数の軸受を持つ機械など、給脂箇所が多い場合に採用されます。
グリースの補給間隔
グリースの補給間隔は、軸受の種類、使用条件(荷重、回転速度、温度など)、グリースの種類によって大きく異なります。
- 一般的な目安: メーカーが推奨する補給間隔を参考に、軸受の状態やグリースの劣化状況を観察しながら調整します。
- 小型電動機: 数千時間~数万時間
- 大型電動機: 数百時間~数千時間
- 過酷な条件下: 高温、高荷重、高速回転、振動、衝撃など、過酷な条件下では、補給間隔を短くする必要があります。
- グリースの劣化: グリースが劣化すると、潤滑性能が低下し、軸受の寿命を著しく短くする可能性があります。定期的にグリースの状態を点検し、必要に応じて補給または交換を行います。
- 自動給油器を使用する場合: 自動給油器を使用する場合は、給油間隔や給油量を適切に設定し、定期的に装置が正常に動作しているか、グリスの残量があるかを確認する必要があります。
5. グリースの劣化判定
グリースは使用中に様々な要因によって劣化します。劣化したグリースを使用し続けると、軸受の損傷や故障につながるため、適切な時期に交換する必要があります。
グリース劣化の原因
- 酸化劣化: 高温環境下でグリースが空気中の酸素と反応し、スラッジ(酸化生成物)を生成したり、硬化したりする現象です。酸化劣化が進むと、グリースの潤滑性能が低下し、軸受の摩耗や焼き付きを引き起こす可能性があります。
- 機械的せん断: 軸受の回転によってグリースが増ちょう剤の構造破壊により軟化する現象です。機械的せん断が進むと、グリースのちょう度が低下し、潤滑性能が低下したり、軸受から漏れ出したりする可能性があります。
- 水分混入: 水分が混入すると、グリースが乳化したり、錆が発生したりする原因となります。乳化すると、グリースの潤滑性能が低下し、錆は軸受の摩耗を促進します。
- 異物混入: 粉塵、金属粉、摩耗粉などの異物が混入すると、グリースの潤滑性能が低下し、軸受の摩耗を促進します。
グリース劣化の兆候
グリースの劣化は、以下の兆候によって判断できます。
- ちょう度の変化: グリースが硬くなったり(酸化劣化)、柔らかくなったり(機械的せん断)します。
- 異臭の発生: 酸化劣化によって、焦げ臭いような異臭が発生することがあります。
- 色の変化: グリースが黒ずんだり、変色したりします。
- 油分離: 基油が分離し、油がにじみ出ることがあります。
- 軸受からの漏れ: グリースが軸受から漏れ出すことがあります。
劣化判定の方法
- 目視検査: グリースの色、状態、異物の有無などを目視で確認します。
- 触診: 指でグリースを触って、硬さや粘り気を確認します。
- 分析: グリースを採取し、専門機関で分析します。ちょう度、酸価、金属摩耗粉の量などを測定し、劣化の程度を詳細に評価します。
- 簡易診断ツール: 現場でグリースの劣化度合いを簡易的に判定できるツールもあります。例えば、グリースの色を比較するカラーチャートや、ちょう度を測定する簡易的な器具などがあります。
劣化対策
グリースの劣化を抑制し、軸受の寿命を延ばすためには、以下の対策が有効です。
- 適切なグリースの選定: 使用環境(温度、荷重、速度など)に合ったグリースを選定します。
- 定期的な補給・交換: グリースが劣化する前に、定期的に補給または交換します。
- 異物混入防止: シールやシールドを適切に設置し、異物の侵入を防ぎます。
- 温度管理: 軸受の温度が上がりすぎないように、冷却対策を講じたり、適切なグリースを選定したりします。
近年では、スマートフォンのアプリなどを用いて、グリースの劣化診断をより手軽に行える技術も開発されています。これらの技術を活用することで、より効率的かつ正確なグリース管理が可能になり、軸受の長寿命化やメンテナンスコストの削減に貢献することが期待されています。
6. まとめ
- 軸受とグリースは、機械の回転を支える上で不可欠な要素であり、両者の適切な選定と管理が重要です。
- 軸受の種類、グリースの種類、潤滑方法、劣化判定方法などを理解し、適切なメンテナンスを行うことで、機械の信頼性と寿命を向上させることができます。
- 異常が発生した場合は、早めに原因を特定し、適切な対処を行うことで、重大な故障や事故を未然に防ぐことができます。
7. 参考文献・サイト
- サイト名: NSK 日本精工 | 軸受(ベアリング)ABC URL: https://www.nsk.com/jp-ja/tools-resources/abc-bearings/
- サイト名: JTEKT – Koyo | カタログ – 転がり軸受総合カタログ 抜粋版 URL: https://koyo.jtekt.co.jp/support/catalog-download/uploads/catbs004ja_a.pdf
- サイト名: NTN | 商品カタログ – 転がり軸受 取扱い URL: https://www.ntn.co.jp/japan/products/catalog/pdf/2203_a11.pdf
- サイト名: JTEKT – Koyo | ベアリングコラム – 転がり軸受の取扱い方法(3) URL: https://koyo.jtekt.co.jp/bearing-column/howto-bearing/howto-bearing_03.html
- サイト名: シェルルブリカンツジャパン | 潤滑油技術情報 – グリースの基礎知識 URL: https://shell-lubes.co.jp/lubes-grease/lubes-technology/tech-grease/1138/
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