はじめに
電動機(モーター)は、産業界において不可欠な動力源です。その安定稼働は、生産性、安全性、そしてコスト効率に直結します。電動機の振動測定は、機械設備の状態を把握し、異常を早期に発見するための極めて重要な技術です。
本記事では、振動測定の原理から、具体的な測定方法、データ解析、そして異常原因の特定と対策まで、設備保全担当者が実務で活用できる詳細な情報を提供します。
振動とは何か? – 基礎知識
振動とは、物体がある基準位置を中心に繰り返し往復運動する現象です。電動機の振動は、様々な単振動が複雑に組み合わされた波形として表現され、時間軸を横軸、振動の大きさを縦軸としたグラフで表されます。
振動の大きさは、以下の指標で定量化されます。
- ピーク値 (Peak):振動波形の片側振幅の最大値。衝撃性の振動の評価に有効。
- 実効値 (RMS):振動エネルギーを表す指標。瞬時値の二乗平均平方根。定常的な振動の評価に最も一般的に使用される。
- ピーク to ピーク値 (P-P):振動波形の極大値と極小値の差。変位の大きさを直接的に示す。
振動を測る物理量:変位、速度、加速度
振動測定では変位、速度、加速度の3つの物理量が用いられ、それぞれ異なる振動の側面を捉えます。
物理量 | 単位 | 特徴 | 適用周波数帯域(目安) | 主な用途 |
---|---|---|---|---|
変位 | μm, mm | 基準位置からの移動距離。 | 低域 (〜200Hz) | 機械の隙間監視、工作機械の加工精度評価、低速回転機械の振動 |
速度 | mm/s, m/s | 単位時間当たりの変位の変化量。振動エネルギーと関係が深い。 | 中域 (10Hz〜1kHz) | アンバランス、ミスアライメント、ボルトの緩み、ガタつきなどの検出 |
加速度 | m/s², G (重力加速度) | 単位時間当たりの速度の変化量。衝撃力のような力の大きさに比例する。 | 高域 (1kHz〜) | 軸受や歯車の欠陥検出、高速回転機械の振動、衝撃性振動 |
振動測定の具体的な手順
①測定点の選定
- 軸受など、状態を監視したい部品にできる限り近い場所を選定します。
- 剛性が高く、平坦で滑らかな表面を選びます。塗装面は避け、必要に応じてグリースやワックスを塗布して表面を滑らかにします。
- 再現性を確保するため、毎回同じ箇所を測定します。測定点にマーキングを行うと良いでしょう。
②測定方向
- 振動は異常の種類によって発生方向が異なるため、水平(H)、垂直(V)、軸(A)の3方向で測定することが理想的です。
- 主な異常と測定方向の推奨
- アンバランス:水平(H)、垂直(V)
- ミスアライメント:水平(H)、垂直(V)、軸(A)
- ベアリング異常:水平(H) または 垂直(V) (異常の種類と軸受の種類による)
③ピックアップ(振動センサー)の取り付け
- 加速度ピックアップを使用する場合、測定面に垂直にしっかりと押し当てます。押し圧を一定に保ち、安定した測定を行います。マグネットベースや接着剤を使用すると便利です。
- 接触型変位計を使用する場合は、測定対象にプローブを垂直に当て、適切な測定範囲内に設定します。
④測定機器の設定
- 測定する物理量(変位、速度、加速度)、周波数範囲、サンプリングレートなどを適切に設定します。
- 使用する測定機器のマニュアルに従い、適切な設定を行います。
⑤データ収集
- 振動計やデータロガー、FFTアナライザなどを用いて振動データを収集します。
- 測定時間を十分に確保し、安定したデータが得られるようにします。
振動の判定基準
振動の判定は、測定された振動値(変位、速度、加速度)を評価し、機械の状態を判断するプロセスです。測定する物理量によって、適した判定基準や注目すべき点が異なります。
加速度による判定
加速度による判定は主に以下の特徴があります。
- 高周波振動 (1 kHz 以上) の測定に適しています。
- 軸受や歯車の欠陥検出に有効です。衝撃性の振動を捉えやすいのが特徴です。
- ピーク値は、傷や欠損があると高くなるため、ギアやベアリング損傷の初期段階の発見に役立つ場合があります。
転がり軸受の判定 (AMD基準):
旭化成エンジニアリングが公開している基準です。回転軸径 d [mm] と回転数 n [rpm] の積 (d × n) を計算します。d × n の値と加速度測定値(実効値またはピーク値)を、専用のグラフにプロットし、状態を判定します。
JFEアドバンテック 振動計 MK-21:
JFEアドバンテックが公開している基準値です(MK-21カタログより)。d × n 値と加速度から転がり軸受の良否判定が可能です(同社独自基準)。
軸径について
ちなみに軸径については軸受けの型式から調べることが可能です。以下参考サイト。

速度による判定
速度による判定は主に以下の特徴があります。
- 中周波振動 (10 Hz ~ 1 kHz) の測定に適しています。
- アンバランス、ミスアライメント、ボルトの緩み、ガタつきなどの検出に有効です。
ISO 10816シリーズ
機械振動に関する国際規格。機械の種類や設置状態ごとに振動の許容値を定めています。
振動速度のrms値 (mm/s) | Class 1 | Class 2 | Class 3 | Class 4 |
0.71以下 | A | A | A | A |
0.71 – 1.12 | B | A | A | A |
1.12 – 1.8 | B | B | A | A |
1.8 – 2.8 | B | B | B | A |
2.8 – 4.5 | C | B | B | B |
4.5 – 7.1 | C | C | B | B |
7.1 – 11.2 | C | C | C | C |
11.2 – 18 | D | D | D | C |
18 以上 | D | D | D | D |
Class | 説明 |
1 | 全体の構成要素の一部として組み込まれたエンジンや機械 (15kW以下の汎用電動機等) |
2 | 特別な基礎を持たない中型機械(15kW~75kWの電動機等)、及び堅固な基礎に据え付けられたエンジン又は機械(300kW以下) |
3 | 大型原動機又は、大型回転機で剛基礎上に据え付けられたもの |
4 | 大型原動機又は、大型回転機で比較的柔らかい剛性をもつ基礎上に据え付けられたもの (出力10MW以上のターボ発電機セット及びガスタービン等) |
ゾーン | 説明 | 評価 |
A | 新設された機械の振動値が含まれるゾーン | 優 |
B | 何の制限もなく長期運転が可能なゾーン | 良 |
C | 長期の連続運転は期待できないゾーン | 可 |
D | 損傷を起こすのに十分なほど厳しいゾーン | 不可 |
機械全体振動の判定 (AMD基準 速度 実効値 [mm/s])
旭化成エンジニアリングが公開している基準です。
状態 | 振動速度範囲 (mm/s) | 説明 |
良好 (GOOD) | 2 以下 | GOOD (良好) |
注意 (CAUTION) | 2 – 4 |
FAIR (要観察) 微小欠陥、摩耗の発生
|
注意 (CAUTION) | 4 – 8 |
SLIGHTLY ROUGH (要注意) 摩耗と欠陥が進行、要注意
|
危険 (DANGER) | 8 – 16 |
ROUGH (危険) 急速に摩耗と欠陥が進む
|
危険 (DANGER) | 16 以上 |
VERY ROUGH (極めて危険) 部品の破損が発生
|
変位による判定
変位による判定は主に以下の特徴があります。
- 低周波振動 (200 Hz 以下) の測定に適しています。
- 機械の隙間監視、工作機械の加工精度評価など、変位量そのものが問題となる場合に用いられます。
- 静的な変形(引っ張り、圧縮など)による損傷や、接触が問題となる場合の評価にも使用されます。
相対判定基準(AMD基準)
変位については具体的な基準値が公開されていないようです。変位に限った判定ではありませんが、旭化成エンジニアリングでは下記のように正常値からの相対判定基準を公開しています。
- 良好:正常時の値の2倍未満
- 注意:正常時の値の2倍~4倍
- 危険:正常時の値の4倍以上
【重要】振動判定における注意点
- 上記の基準値や判定方法は、あくまで一般的な目安、または一例です。機械の種類、運転条件、設置環境、測定方法などによって、適切な基準値、判定方法は異なります。
- 振動の判定は、単一の基準値や測定値だけでなく、振動波形、周波数特性、過去のデータ、他の診断情報(例:潤滑油分析、温度測定)などを総合的に考慮して行う必要があります。
- 振動の判定、特に原因の特定や対策の検討には、専門的な知識と経験が必要です。経験豊富な技術者や専門家に相談することを強く推奨します。
振動の解析方法 – 時間波形、FFT、エンベロープ
収集した振動データは、以下の手法を用いて解析し、異常の原因を特定します。
- 時間波形解析: 振動波形を直接観察し、周期性、衝撃性、振幅の大きさなどを評価します。単純な異常(例:大きなアンバランス)の発見に有効です。
- FFT解析(周波数解析): 振動波形を周波数成分に分解し、各周波数の振幅をグラフ(スペクトル)で表示します。FFT(高速フーリエ変換)という数学的処理を用います。各周波数成分から、アンバランス(回転周波数成分)、ミスアライメント(回転周波数の高調波成分)、ベアリング異常(特定の周波数成分)などを特定できます。(図3 FFT解析の例 挿入予定)
- エンベロープ解析: 振動信号の包絡線(エンベロープ)を抽出し、その周波数成分を分析します。主に転がり軸受の異常検出に用いられ、内輪、外輪、転動体の損傷を特定できます。(図4 エンベロープ解析の例 挿入予定)
- 時間形態分析: 回転数を変化させたり、停止過程または起動過程の振動値変化から異常の種類を判別します。
振動の原因と特徴 – 詳細解説
振動の原因および特徴、その対策等についてまとめます。
振動原因 | 特徴的な周波数 | 発生方向 | 対策 |
---|---|---|---|
アンバランス | 回転周波数 (1xRPM) に一致する強いピーク。 | ラジアル方向 (主に水平) | ローターのバランシング (静バランス、動バランス)。 |
ミスアライメント | 回転周波数の高調波 (2xRPM, 3xRPM, …) が顕著に現れる。軸方向の振動も大きくなることがある。 | ラジアル方向、軸方向 | カップリングのアライメント調整。 |
ゆるみ | 回転周波数の高調波、および緩んでいる部品の固有振動数が現れる。 | 様々 | ボルトの増し締め、部品の交換、クリアランスの調整。 |
軸受損傷 | 軸受の種類と損傷箇所に固有の周波数成分が現れる。内輪損傷、外輪損傷、転動体損傷、保持器損傷でそれぞれ異なる周波数が発生する。これらは、軸受の諸元(転動体径、ピッチ円直径、接触角、転動体数)と回転速度から計算できる。 | ラジアル方向、軸方向 | 軸受の交換。潤滑状態の改善。 |
歯車損傷 | かみあい周波数 (歯数 x 回転周波数) とその高調波。 | ラジアル方向、軸方向 | 歯車の交換。かみあい調整。潤滑状態の改善 |
共振 | 固有振動数と一致した周波数で、大きな振幅が発生する。 | 様々 | 構造の変更。制振材の追加。 |
【重要】振動測定における注意点
- 測定環境: 周囲の機械からの振動、電磁ノイズ、温度変化などが測定結果に影響を与える可能性があります。可能な限り、これらの影響を排除する、または影響を考慮した上で測定を行う必要があります。
- センサーの選定: 測定対象の振動特性(周波数、振幅)に適したセンサーを選定する必要があります。
- データ解析: 振動データは、専門的な知識がないと正しく解釈できない場合があります。経験豊富な技術者や専門家に相談することを推奨します。
まとめ – 振動測定による設備保全の高度化
電動機の振動測定は、設備の異常を早期に発見し、重大な故障を未然に防ぐための強力なツールです。本記事で解説した内容を参考に、振動測定を適切に実施し、データ解析に基づいた対策を講じることで、設備の安定稼働、長寿命化、そしてコスト削減を実現できます。
参考文献
- JFEアドバンテック株式会社「https://www.jfe-advantech.co.jp/assets/img/products/setsubi-sindan/JC-MK-21-05A.pdf」
- 昭和測器株式会社「https://www.showasokki.co.jp/wp-content/uploads/2022/08/%E5%8A%A0%E9%80%9F%E5%BA%A6%E9%80%9F%E5%BA%A6%E5%A4%89%E4%BD%8D%E3%81%AE%E9%81%B8%E5%AE%9A.pdf」
- リオン株式会社「https://svmeas.rion.co.jp/」
- 旭化成エンジニアリング株式会社「https://www.asahi-kasei.co.jp/aec/pmseries/shindoshindan/first.html」
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